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2015年3月 5日 (木)

■ 2015 リヨン(パリ)レポート その22


■ 全国100万人の読者の皆さま、フランスレポートを続けるエリーでございます。
その22です。
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★このシリーズでは、先日訪れたリヨン Lyon をはじめとするローヌ・アルプ地方 Rhone-Alpes 美味巡り、そして2年に1度行われるリヨンはシラ Sirha の、国際外食産業見本市や料理コンクール、ボキューズ・ドールの話をしていきます。
フランスへの移動はAIRFRANCE を利用しました。
コーディネートは日本のフランス観光開発機構、 ATOUT FRANCE です。
また、今回のリヨン(パリ)レポートは、本サイト内で、
2015年リヨン/パリ  (2015 Lyon/Paris)
というカテゴリー名でまとめます。ひと続きでお読みいただけます。
しばらく続きますが、どうぞお付き合いください。
★追記:
こちら日本語版です→リヨン観光局
こちら英語版です→ローヌ・アルプ地方観光局
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【2015年1月28  Lyon, Shirha, Bocuse d'Or  ボキューズ・ドール会場 
■ ボキューズ・ドール 日本参戦の日です。ボキューズ・ドールは1987年に、ポール・ボキューズによって設立された、2年に一度行われるフランス料理の世界コンクールです。
どういうものかは、以下をご覧ください。
ボキューズ・ドール(日本語サイト)
今年の速報や詳細は、以下にあります。写真もたっぷりあります。
Bocuse d'Or (本国サイト・フランス語)
■ 参加した24か国の順位など、もう結果が出ているので先に明らかにすると
ここに参加国とその順位、点数など全部あります
1位 ノルウェー/2位 アメリカ/3位 スエーデン
で、本当に健闘されたにも関わらず、日本は前回のように3位以内の入賞を果たせず、魚料理特別賞を受けるにとどまりました。魚賞が発表された時に、日本チームの失望の色がプレス席にいるわたしたちにもはっきりと伝わってきたのでした。(*_*)(*_*)
■ けれどあの会場の熱気、ほとんどサッカーの応援のようなドンパチ狂乱の騒ぎ、全く予想とは違うものでした。ポール・ボキューズという名前から、もっと厳かなものとイメージしていました。以下ざっと、コンクール会場の様子をお伝えします。写真40枚を貼り付けます!
Img_0408jpga ■ この日はホテルを朝の7時半に出て移動、8時ちょうどにシラのeurexpoユーレクスポに到着しました。プレスセンターにコートだけ預け、国際外食産業見本市が開かれているだだっ広い会場をずんずん進んで Halle6の奥にあるボキューズ・ドールの現場へと向かいます。8:20頃で、もうこんな状態でした~。
Img_0435 ■ スチール、ムーヴィーのカメラマンに編集者などが入り混じって、プレスであふれています。これは日本チームのコーナーの前なのです。
Img_0423jpga ■ 日本チームの表示。芦屋の「メゾン・ド・ジル芦屋 高山英紀さんです。予選では日本で勝ち抜き、アジア大会で優勝して、ここまでいらしています。ここに来るだけでも、大変なことです。
Img_0424jpga ■ 持ち時間は5時間35分です。
Img_0428■ でもこの時点でまだスタート前の仕込み段階、キッチンのギリギリ前までカメラマンたちは迫っていて、
Img_0439jpga ■ シェフの高山さんは笑顔で応えている。
Img_0472 ■ ほどなくして、8:50、日本チームはスタート時間を迎え、見ているこちらにもビリビリするような緊張感が伝わってきたのでした。
Img_0441 Img_0455 Img_0456 ■ スタートしてもしばらくの間は、キッチン前での撮影を許されました。高山さんの無駄のない動きはとても美しいと思って写真を撮りつつ、でももしわたしがこの人の親族だったり親しい人だったりしたら、もうこのプレッシャーには耐えられないだろうなとも思いました。かつて知り合いがこの手の国際料理コンクールに出場した時のことをふと思い出し、応援に行きたかったけれど行かないでよかったのだと安堵して、今頃何をと苦笑。
Img_0458 Img_0461 ■ 高山さんの手元を見ていると、非常に周到な準備がされていたことがよくわかりました。料理ごと、必要な材料が小分けされパックされて、すべてが整然としていてきれいでした。キッチンの清潔さも得点のうちで細かくチェックが回ってきますから、料理の結果だけでなく、終始全部見られていることを意識して仕事しなければならないのですね。
Img_0468 ■ コミの糸井章太さんの様子を見る高山さん。黙々と作業される糸井さんですが、シェフを支える立場のプレッシャーもすごいだろうなと想像します。
Img_0505jpga ■ おお、レジス・マルコンさん。1995年のボキューズ・ドール受賞者にして、コンクール実行委員でいらっしゃいます。日本にもしばしばいらしてますね。
Img_0512jpga ■ TVやネットでの中継もされていて、盛り上げるキャスターが、Vincent Ferriot ヴァンサン・フェリオさん。
Img_0490jpga ■ この頃、応援団も一段と熱が入ってきていて、日本の応援団はこんな感じ。青いはっぴに日の丸ですね。
Img_0556jpga ■ しかしこのノルウェーの旗ばさばさ応援は目立ちました・・・他の国もラッパやら太鼓やらでビービーやってましたから、会場内は司会やインタヴューの声と同時にこれらの鳴り物ですさまじい喧騒状態でした。
Img_0538jpga ■ 遊び心もたっぷりに、ヴァンサン・フェリオさんはそれぞれの国の応援ユニフォームを身に着けて、各国のキッチンを順繰りに巡り、レポートしていきます。中でも、日本のはっぴはとりわけお気に召した様子で、
 レジス・マルコンさん:おう、なかなか似合ってるじゃない!
■ ヴァンサン・フェリオさん:うふふ。いいでしょ? ♪♪

みたいな会話が交わされたんじゃあないかしらん?(^o^)(^o^)
Img_0542jpga ■ なんと、「SAMURAI 日本」、サムライと書いてありました!!
Img_0547jpga ■ 会場はこの頃こんな感じで、メディア関係者はキッチン前から移動して、プレス席に移らねばならない時間です。キッチン前に、審査員席が設けられるからです。
Img_0557 ■ 緊迫感の漂うキッチンを後にして、わたしもプレス席へ。場所を早めから確保してありました。TVなど、大きなカメラを持っている人ほど強くて、機材が小さければなめられる雰囲気でした。そもそも身体の大きな人たちが圧倒的に多いわけだし(*_*)(*_*)
Img_0579 ■ 審査員席が設けられ、日本からは平松宏之さんが登場です。
Img_0501jpgb ■ ここで、12か国の魚料理と肉料理(=24皿)の試食をされるわけです。
Img_0581jpga ■ 審査員席は、こんな感じで、キッチンと、プレス席の間に設けられます。12か国から、12人。
Img_0569jpga ■ 試食用料理をサーヴィスするのは、アンスティチュ・ボキューズの学生たちです。集合して、記念撮影をしてもらっていて、かわいらしい。ここに来ること自体が勉強なんでしょうね。
■ この頃、プレス席は立錐の余地もなし状態になっており、自分の場所を譲らないという確固たる態度でいなければ押しつぶされるかはねのけられるかどちらかという、朝の山手線のラッシュのような状態でした。わたしは左肩の上にTVカメラを落とされて、痛みがビリビリ走ってどうなるかと思ったという、一瞬のトラブルがありました。Vous m'avez fait mal!ととっさに叫んだものの、どこから手が出て来ているのか、誰にやられたのかも結局わからんままでした。それから2,3日痛んだけれど、でもまあ、結局どうもなかったみたい。ほんとよかったです。
Img_0621jpga ■ そうこうしているうちに5時間経過で13:50、日本の魚料理発表の時間が巡ってきました。日本の高山さんチームは竹製の覆いをクロシェにかぶせて料理を供する演出をしました。審査員にプレゼンがされています。
Img_0628jpgb ■ 同時にプレス席や応援席からも見える、大きな掲示板にも映し出されます。
Img_0635jpga Img_0637 ■ プレス席の前を、プレゼン用の皿がまわってきますから、素早く写真を撮らねばなりません。
Img_0634jpga_2 ■ 「お願い、止まってください、ほんのしばし!」 と頼んで撮らせてもらった日本の魚料理。手が込んでいてきれい。寿司飯を使ってあるのもわかります。食べてないから味わからないけれど、おいしそうでした。
ちなみに今年の課題は、本選の2か月前に発表になったということですが、
fario:フランスイゼール産ブラウントラウト
これを、皿のうち50%以上は野菜を使って構成すること。
そして使える野菜も4種類発表されて、直前にそのうち何が使えるかが知らされるということです。
Img_0661jpga ■ 35分後に、肉料理を、今度はプラトー(大皿)盛りで提出です。これはそれぞれの国らしいプレゼンテーションを競う意味もあり、見た目が魚料理以上に大切になります。これもプレス席の前に運ばれてあっという間に通り過ぎていきます。
ちなみにこの「料理運び」をやっているのが、皆さコックコートの衿にトリコロール3本線が入った方々=MOF, (Meilleur Ouvrier de France)というのがすごいです。リヨンや他の地域のあちこちのレストランから集まったシェフの皆さんが、このコンクールのためにこうして働く。ボキューズさんはやっぱり圧倒的な存在だということですね。
Img_0658jpga ■ デクパージュされた(切り分けて皿盛にされた)肉料理。
pintade:フランスランド地方産のホロホロ鳥
これの12名分のプラトー盛り込み、3種類のつけ合わせというお題でした。
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■ さてぶっ通しでほぼ6時間過ごしたコンクール会場から、これでいったん外に出て、審査の結果がわかる夕方までシラの会場で過ごしたわけですが、ここで会えた方々が、
Img_0500jpga ■ 平松宏之さんと、フランス料理文化センターの大沢晴美さん。
Img_0530jpga ■ そして、会えるかなー? と思っていたら会えて本当にラッキーだった、内坂芳美さん。芳美さんはもうずーっとこの会場に2年おきの開催ごと通っていらしていて、さすがいろいろご存じでした。ねーさまに会えて、わたしつくづくラッキーです☆☆☆
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Img_0668jpga ■ プレスセンターに移動してしばし軽食をいただきながら芳美さんの話を伺い(勉強態勢)、
Img_0664 ■ シラ会場内に展示されていた、クープデュモンド、日本今回2位の作品も見ました。
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Img_0675 ■ そして夕方の審査結果の発表を楽しみに、再びごった返すコンクール会場へ。あの魚料理の完成度の高さから、きっと3位以内入賞と確信していましたが・・・
Img_0699jpga ■ 魚料理特別賞で・・・
Img_0703jpga ■ ジャポンでした。あああ3位以内入賞果たせず残念・・・ なぜ?なぜ?_| ̄|○
Img_0702jpga ■ でもここに来られるまで本当によく戦われたと思います。ただもうひたすらお疲れさまという気持ち、よくがんばってくださったという気持ちで会場を後にしました。
■ 外に出られたのが19時でした。朝からほぼずっと立ちっぱなしで、足が冷え切ってつっていて、カメラを落とされた肩が痛く、へとへとへとに疲労困憊していました。いや、コンクールに出場した人たち、応援した人たちこそ大変な1日だったのに、わたし情けなくも限界の疲れ状態・・・
■ ところが、プレスツアーの1日はこれで終わらず、まだここから1プログラムが用意されていたのです。
リヨン郊外の料理教室のようなところに連れて行かれ食材を見せられ、2班に分かれて食事を作れ、と。(*_*)(*_*)(*_*)(*_*)(*_*) これは気が向いたらということで(ごめん、)またアップできたらしておきます。
ともあれリヨンは最後の夜まで、みっちり詰まって充実していたことは確かでした。
初めてのボキューズ・ドール取材ができたことを、本当に感謝いたしました。
<(_ _)><(_ _)><(_ _)>
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(2015-03-05)

2015年3月 5日, dans 2015年リヨン/パリ |