
■また来られてうれしい「祇園にしむら」さんです。このところハズレのロケハンご飯とかいろいろあったけれど、今日は絶対安心、美味のコースにすべてまかせて、後は野となっちゃおう。
●「あーいつもより短い」なんて言っちゃったのだけど、夏仕様ののれんです。
●いつもの胡麻豆腐で始まります。乾山写しの、涼しげな文様です。なんかかわいらしい。
●鱧とたたきおくらのお椀。これ、感動に打ち震えてしまいました。鱧の、口に入れるなりはらはらと雪のように舞い散るような感じって、一体何が起こったのか?? ただ骨切りしただけとは思えないんだけど、ただ包丁を入れただけど。ただし、細かく細かく「めくる」ように包丁を入れられるということ。そしておくらの方もごく細かくたたいてあって、ただ塩味、片栗粉だけでまとめたものだと。これもねっとりするようでいて、口の中でさらさら~っと散ってゆくような食感です。そして吸い地の、パーフェクトとしか言いようのない澄んだ味・・・これはちょっと比類がないです。「こういうのいただくために京都に来たんだなーわたし」と、自分の人生まで肯定しちゃったり。

●お造りはとろ、鯛、剣先いか。大正後期の永楽というお皿で。鯛の厚みがジャストジャスト、ねっとりと美味です。とろは舌の上でじゅわっと溶けるよう。いかのつるつると食感のいいこと。大根は甘酢漬けです。


●鱧の子の炊いたの。こちらは柔らかな味わいですが、実山椒と三つ葉の香りが効いて粋です。器は、鉛の含有量の多い、アンティークバカラだそうな。横から透かして見たら、確かに青かったです。
●八寸は、
○じゅんさい、
○枝豆、
○干瓢に黄身酢、
○白菜菜、にんじん葉、たいらぎ貝のお浸し、
○丸十。干瓢は、これ稀有な食感だ・・・と驚きつついただいたのですが、ノート見直したら昨年7月にもわたし食べていたわ・・・忘れてちゃいけない(-_-;)
●いつもの鯖寿司。

●鱧、れんこん、みょうがの天ぷら。シャリシャリの野菜に、鱧が初めのお椀とはまったく違ったものになって登場。フレッシュの実山椒をごく細かくたたいたものを混ぜ込んだ塩。この塩が鮮やかに香り立ち、天ぷらは目の醒めるようなくっきりした味わいに。

●たこの薄造りと、上にあわび、そしておだしのジュレ。あわびとたこは、すごくいいものとわかったのだけど、わたしごく少しでよくて・・・ごめんなさい<(_ _)>
●からすみを切ってくださって、これがおいし♪
●焼茄子のあんかけ。万願寺とうがらしが食感のアクセントです。茄子は焼いて皮を剥いて地に浸して味をつけて蒸したもの。いやもう、何て表現したらいいのかしらん。手間のかかった茄子はこの上なく柔らかで、静かにじわじわじわじわと口の中に広がって響くおいしさ。
●そこに、あんがかかっているのだけど、あんは味があるかなきか、茄子を最大限生かすための、かそけき味わいなのです。ほんと、とんでもなくよくできた一品です。

●デセールはメキシカンマンゴー、マスカット、巨峰を、マイセンのお皿に。
●濃い濃い緑茶を食後にざぶざぶと。このお茶、先日来わたしも家で同じものを飲んでいます。

■和食を食べ続けてゆく人生で、わたしのおいしさのひとつのスタンダードとして、どこか勉強のためにも伺うといった気分です。食後にわたしに知識を授けるべく (というか無知にあきれて? (-_-;))・・・ありがたくも「お授業」をしてくださるご主人の西村元秀さん。バカラのアンティーク徳利を見せていただいたり、包丁の入れ方でどれほど魚の味が変わるかの説明をしてくださったり。

さらに、
●献立の構成の中での、それぞれの皿の味だということ。あくまで流れとして完成するように考える。たとえば終盤、お腹が膨れてきているお客さまに供するから、茄子のあんかけはあれほど控えめな味にするといった話。
●大量料理というのは別物。冷蔵庫の味がする料理になってしまうから、お店を広げる気など一切ないといった話。その他いろいろ伺ったこと、メモ帳に走り書きしたのものは、読めるうちに打ち込んでおきます。ありがとう<(_ _)>